9月25日、塚野源藏さんが亡くなられた。93歳だった。
大正2年北海道生まれの源藏さんは、家族親族、信者仲間のみなさんに好かれる朗らかな方でしたが、戦時中は野戦重砲隊に所属し、アジアの各地を転戦されました。塚野家は代々熱心な金光教の信心をされ、亡くなる数日前も「教会にお参りした夢を見た。おばあさんはどこへ行った?」と源藏さん。(妻の)スエさんが「(母の)ワリおばあさんですか」と聞くと「ワリおばあさんは死んだだろ」と。亡くなる前日も病院で何度も拝礼される所作をされておられたそうです。25日の朝、私も教会から「今夕、源藏さんのお見舞いに行かせてもらいます」とスエさんに電話して準備しておりましたが、昼過ぎ「先ほど亡くなりました」と。眠るような大往生だったそうです。
奇しくも、この日は9年前、実妹の三浦マツ子さんが亡くなられた当日であり、夢に出てこられたおばあさんがマツさんであったかワリさんであったかは定かではありませんが、お迎えに来られたのかとも思わされました。
金光教祖は、「人間はみな、おかげの中に生かされて生きている。人間は、おかげの中に生まれ、おかげの中で生活をし、おかげの中に死んでいくのである」と教えられておられます。93歳で子孫繁盛家繁盛をされ、晩年まで散歩を良くされていたほど元気だった源藏さん。信心して徳を積み、子、孫、ひ孫にも恵まれ、みごとなご最期、神様霊様に守られてのご一生だったと思います。
葬儀は26,27日、三鷹市の寿量会館で、御命のままに祭主を仕えさせていただき、火葬を終える頃にはきれいな秋空が広がりました。改めて霊のたちゆきをお祈り申し上げます。