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初代の教え

「信心の節目(1)」

42歳の厄年、節目ということでご自分の経験より信心の大切さを説かれている。

金光様は、厄年というのは、人間の年回りの節じゃ、とおっしゃられました。「木にも節があろうがな。節から芽を吹くのじゃ。節から折れることもある。芽の吹く節でなきゃならん。厄年という節から芽を吹かせてもらえ」とおっしゃられました。
私の父は42歳で亡くなりました。厄に負けたんです。そのころ、私はまだ信心をしておりませんでした。
私は42歳の時にお道の上において大きなおかげを頂きました。本部の巡教講師の御用を仰せつかって、全国を歩かせて頂きました。また、金光教議会の議員を仰せつかりました。それに加えて、あちこちから、講習があるから講師で来てくれ、というお話がありました。これらは、みんな厄年の時に起きたことなんです。芽が吹いたわけなんです。多くの人に知られるような御用ができたんです。

このことから、信心させて頂くと、父親が厄年で亡くなったから私も厄年は難しいなんて思ってはいけないということがわかりました。
神様が、信心のできた後の厄年はこのようなおかげが頂ける、というお見本をお見せ下さったのだと思います。これらの御用は私に徳があってできたのではありません。神様が私を見本に使って下さったのだと、思わせて頂いております。私は、自分がおかげをこうむってやったことではないと思っています。神様が、その証拠をお見せ下さるために私をお使い頂いたのだと思います。


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